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執筆者の写真kisopaintings

移動する民 #2

高齢男性による高齢男性のための超高齢国家ジャパン。私たちはもうこの世界から外には出れないのだろうか。

フィリピンの人口平均年齢は24歳、ジャパンは49歳。今はダブルスコアだがさらにこの差は加速していくだろう。昨日祭りで出会ったフィリピノの活き活きとした姿を見てそう思った。

いまや消滅可能性自治体に暮らす私の興味はいかに美しく消滅していくかという方向を向き始めている。マーク・フィッシャーがベリアルに感じた全てが終わった後に生きている感覚はこの国でもリアルだ。

そんな思いを抱いた総裁選と同時間帯に行われた昨日の穂高神社お船祭りで私の細胞を揺さぶったものは何だろうかと考えている。

その祭りは7世紀に信州に逃れてきたとされる海の民安曇族の英雄を讃えるものだ。この安曇族だが全ての戦で敗戦しているので、難民として転々と移動を繰り返している印象がある。

もっと言えばジャパンという国の成り立ちがそもそも難民の寄せ集めの可能性がある。日本人のDNAは多様なのだ。古代にあらゆる地域から迫害を逃れるために決死の覚悟で海を渡った人々が流れ着く最後の島だったのではないか。逆に漢民族のDNAはシンプルという話もあるので異民族と交わるよりも排除する熾烈な世界が大陸にはあったのだろうか。

私たちは難民たちの子なのだ。


人類の歴史で現代は史上最も暴力の少ない時代だという。ホロコーストやテロの被害を含めても暴力による死亡率は3%で先史時代から減り続けているらしい。メディアが犯罪の報道に夢中なので私たちの感覚はずいぶんと狂わされているわけだ。


穂高神社お船祭りが忘れえぬ印象を残したのは、スケルトン(骨組みだけ)になった船型神輿の船首コックピットで少年少女が太鼓と笛の音を絶やさず奏で続けて、そのまま向かい合う同じくスケルトンの船首で奏で続ける少年少女たちの神輿へと突っ込んでいくスペクタルが何度もくりかえされたからなのだが、そこに永遠の若さみたいな、「ベニスに死す」の陽光に溶け込む少年みたいな、マーク・フィッシャー的な全てが終わってしまった世界で幻を見ているような感覚があったのだと思う。

本来暴力的な人類が自らを抑制しながら老いて滅びていくなかで見ている夢、私が感じていたのはそんなことだったと思う。あくまでも私の実感だ。


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